many north, and south.

光滴

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Leica M9 / CZ C Sonnar 50mm f1.5 ZM
# by mynas | 2017-06-14 20:25 | Leica | Comments(2)

朝の庭

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Leica M9 / CZ C Sonnar 50mm f1.5 ZM
# by mynas | 2017-06-11 22:49 | Leica | Comments(0)

ソール・ライター展

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ソール・ライターの処女写真集『Early Color』を手がけたのは、世界一美しい本を作るといわれるドイツのシュタイデル社。シュタイデルに対する信用はそのまま、当時83歳になっていたライターへの信用となった。

ライターの前半生のキャリアは華々しいものだった。しかし彼は無名であることを望み、成功した商業写真家としての地位を捨てた。90年代後半から助手が彼の作品を写真集として世に出そうとしたがうまくいかなかった。彼のプリントを扱うニューヨークのギャラリーで、シュタイデル本人に“再発見”されるまでは。

自身の骨董収集を下敷きに美と美術を論じた『真贋』で、小林秀雄は書いている。美は信用であるか。そうである。純粋美とは比喩である。鑑賞も一種の創作である―。

信じるとはあまり理論的でないようだが、存在のあらゆる前提を疑った末に、我思う、故に我ありと言ったのはデカルトだった。これだけは動かぬ、俺はそう確信したということだと思われるのだが、学問的にどのように考えられているかは知らない。

今日、現実の複雑さを前に沈黙せざるを得ない私たちが、それでも言葉を発するためのエクスキュースとして写真を求めているとすれば、それが「美しさ」から離れていくのも無理はない。

ただ、どれほど用心深く精緻に用いられた言葉も、遂に人間を捉え切ることはないだろう。そこには常に余白がある。私たちは、その余白に塗られた彼の色を見る。こんな風に世界を眺められたらと、心から思った。

渋谷Bunkamuraザ・ミュージアム
6月25日(日)まで

Leica M9 / CZ C Sonnar 50mm f1.5 ZM
# by mynas | 2017-06-03 21:23 | 写真雑感 | Comments(2)

持送り

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Leica M9 / CZ C Sonnar 50mm f1.5 ZM
# by mynas | 2017-05-28 20:32 | Leica | Comments(0)

中平卓馬「来るべき言葉のために」

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快晴の予報がうす曇り。おかげで柔らかい光になったが、半袖だと肌寒いGW最後の日曜日。

中平卓馬「来るべき言葉のために」を見る。この写真集、1970年初版、2010年再刊。再刊でも定価の3倍の値がついている。中平卓馬の初期のイメージが見たければこれ以外にない。が、ちょっと手が出ない。

出会いは突然やってきた。それは当然のようにナ行の先頭に置かれていた。普段は立ち寄ることがない我が街の図書館だ。市立図書館グッジョブ!

ひとり掛けのソファに座ってページをめくる。50年近く前の写真から溢れ出るエネルギー。手ですくえそうなほどの量感をもった光が印象的だ。

いわゆる「アレ、ブレ、ボケ」写真。荒々しすぎて、どちらかといえば苦手なタイプ。しかし世の中には、こちらの好き嫌いなどお構いなしで迫ってくる写真、というものがある。今回はまさにそれ。見終わって大きく息を吐いた。

勝手な想像だが、これ以上は撮れない、と中平卓馬は思ったんじゃないだろうか。写真の一手法として、この先はちょっと考えにくい。それほどの完成度だ。

人のすすめで評論「なぜ、植物図鑑か」を先に読んでいた。時系列では、「来るべき言葉のために」の後になる。ご存じの通りこの評論を境に中平卓馬は作風を一変させる。

「なぜ、植物図鑑か」は、こう言ってよければ、とても正直な文章だ。写真について考えあぐね、どうにか言葉にしようと格闘する様子が伝わってきた。「来るべき言葉のために」も手加減なしの豪速球。中平卓馬という人が何となく分かる気がした。

市立図書館に見たい写真集などない、というのも思い込みだった。灯台下暗しだ。これからは気になる写真集があったら、まず図書館の蔵書検索にかけてみようと思う。


Leica M9 / CZ C Sonnar 50mm f1.5 ZM

# by mynas | 2017-05-08 21:45 | 写真雑感 | Comments(0)